第120回「ライター修業徒然草」第五段「5W1Hプラス1E」

●「たとえば」「たとえぱ」と食い下がる
 記事の基本は5W1Hと言われる。異論はない。おさらいすると、「いつ」「どこで」「だれが」「何を」「なぜ」の5Wと、「どのように」の1H。駆け出しのころ、繰り返し叩き込まれたのが、プラス1Eだった。
 Eとは、「for example」。たとえば、だ。夕刊紙や雑誌のルポの場合、たとえ話をいかにして引き出すか。読者にとって興味深い「たとえば」が出てくれば、5W1Hが少々甘くとも、補って余りある。むしろ取材記者の最優先項目は「たとえば」の一点に尽きると言っても、過言ではない。
 5WIHのどの分野でもいい。取材途中で、分からないけれどおもしろいというテーマが見つかれば、「たとえば」「たとえば」と食い下がっていく。
 前々回にふれた母校ラグビー部の22年(季)ぶり全国制覇を例に引こう。有能な選手たちを集めながら、復活の道のりは平たんではない。もどかしさすらOBには愛しさにつながるのだが、突き抜けたように日本一に届いたのは、なぜなのか。メディアの報道を読み比べると、「たとえば取材」の苦労の形跡が見受けられた。
 昭和のいにしえから重戦車の枕詞を持つFW陣がスクラムに関し、優勢、対等、劣勢の状況ごとにスクラムの組み方を変えることを協議して臨んだ、BK陣によるトライのひとつは新監督が持ち込んだ情報分析活動で相手ディフェンス網の弱点を突いて成立した――。なるほど変わった、確かに変わったのだ。発見と知見に満ちた多くのたとえ話を入手することができた。
 「for example」。たとえ話のスケールを大きくすると、episodeになるだろう。正確には5W1Hプラス1E=エピソードか。一本の記事から一冊の本へ。ノンフィクション、フィクションを問わず、すぐれたエピソードが物語の成立に欠かせない。大風呂敷を思い切り広げると、魅力的なエピソードの集合体こそ、壮大な物語の星雲かもしれない。書き手のはしくれである限り、はるかなる物語の宇宙へ――。

第119回「ライター修業徒然草」第四段「四字熟語で威風堂々」

●「次は首位打者 年俸倍増で勇気凛々」
 ライターは忍者であるべし。忍者の最大の使命は何か。生き延びて生還することだ。危機に直面しても決してあきらめない、わずかながらも可能性があるかぎり技を繰り出し、敵の目を欺いて窮地に活路を開く。
 ライターも、ときには玄人筋ですこぶる評価が低い紋切型表現を逆手にとりたい。たとえば、四字熟語。見出しに使うと景色がいい。阪神タイガース関連でいくつか即興で作ってみよう。
 「猛虎五連勝の威風堂々」
 「ドラフト成功 若トラ群雄割拠」
 「死のロードでけが人続出 打順は二転三転 継投七転八倒
 「打撃不振で三日天下 首脳陣右往左往」
 「新人王確定 空前絶後の150メートル弾」
 「次は首位打者 年俸倍増で勇気凛々」
 見出しを目で追うだけで、だれもが記事の内容を一瞬にして把握できる。読み手は十全の情報や知見を見出しで入手し、心のふところにためができている。記事を読み進むうちに想像力の翼を広げ、目には見えない同志たちとの連帯感を深めることさえ不可能ではない。軽快にて豪壮。かゆいところに手が届く。紋切型常套句、最大の利点だ。
 四字熟語の多くは物語を持ち、長い歴史に揉まれてきただけに、いずれも味わい深い。ただし、乱発は避けたい。毛嫌いするデスク・編集者やクライアント(PR誌などのコピーワークの場合)も少なからずいる。身を守るためにも、使用はちゃんと空気を読んでから。用意周到、一騎当千。ライターなら四字熟語辞典を座右の書に加えたい。

第118回「ライター修業徒然草」第三段「合わせ技一本」

●「信頼・実績・即納・割安の四輪駆動経営」
 22年ぶりの慶事に浴した。わが母校のラグビー部が大学選手権で優勝した。それにしても22年。長かった。今世紀初にして平成ラストプレーでの快挙。選手在校生諸君、おめでとう。OBOG諸賢も、果てしなき冬の時代をよくぞ耐え抜いた。ささやかながら慶事を祝して、当サイトも復活したい。
 「前へ」「重戦車」「紫紺」「北島御大」。母校のラグビー部は強烈な個性をいくつも併せ持つ。伝説伝承、神話民話の類に事欠かない。
 半面、油断ならない現実を懸命かつ淡々と生きる人や組織の場合、際立つ個性を発散させているケースはさほど多くない。取材に出掛けて、困ることがある。ひと通り聞いても特筆すべきことが、なかなか出てこない。「見出し」が浮かんでこない。人や組織に価値がないわけではない。平凡なだけだ。
 有力メディアであれば、書かないという選択肢もあるだろう。しかし、筆者が主戦場としてきた小さなメディアでは、ボツなどもったいない。人にもカネにも恵まれないから、紙面はいつもがら空き状態。取材をしたらなんとかうまくまとめて原稿にするのが自然な流れだった。
 頼りになるのが合わせ技だ。フランス革命の「自由・平等・友愛(博愛)」であり、野球の「走攻守」、大相撲の「心技体」だ。一つひとつは平凡であっても、二つ、三つと組み合わせることで、それぞれの世界の独特の存在感のようなものを醸し出してくれる。
 「うちはニュースになりまへんで」と謙遜する中小のものづくり企業。「お客さんに喜んでもらうのが一番や」ということであれば、「顧客本位で自己実現」。「これからは作るだけやのうて、自前の販売ルートを持てたらええねんけど」となれば、文武両道にかこつけて「成長戦略は製販両道」。それでもなんにもなかったら「信頼・実績・即納・割安の四輪駆動経営」でもいい。去年より納期が少し早くなったら即納、割合に安ければ割安とうたえる。
 あきらめない。あちこちの引き出しを開けて時間ギリギリまで粘る、探す。最後は合わせ技一本。見栄えは多少冴えなくても、一本は一本だ。
 

第117回「ライター修業徒然草」第二段「まぶす」

●平板になりがちな原稿をひと手間で立体的に
 好記録を達成したスポーツ選手とコーチに話を聞いた。取材はまずまず。できあがった原稿をデスクに渡す。
 「こんなもんやろうが、ええ話ばっかりやなあ」
 不満があるらしい。
 「苦労話をちょっとまぶそうや。けがしたことやら、コーチと仲たがいしそうになったことやら」
 まぶす。限られた準備と取材では、どうしても記事が平板になりがちだ。とはいえ、再取材をするひまはない。明暗、緩急、内外、長短。原稿に不足している反対要素を、少しだけでいい盛り込もう。おかずがないときにも、ご飯にごま塩をぱらぱらっと振りかけておにぎりにするだけで、ただの握り飯がぐっとうまみを増す。
 新しいデータでなくてもかまわない。「苦しいけがが続いたものの」「対話不足から来るコーチ陣との感情的すれ違いも消えて」。生原稿時代なら、原稿用紙の記事にしゅしゅっと入れ稿して直したらおしまいだった。ひと手間でいい。まぶす。
 

第116回「ライター修業徒然草」第一段「筆力がある」

●筆力とはこなれた文章を書く力
 ライター歴、40年。どのようにして原稿書きの要領を覚えて、生き残ってきたか。自分自身の棚卸を兼ねて、ノウハウらしきものをつれづれなるままに書き出してみたい。
 第1回。ライターにとっても、最良の誉め言葉は何か。「筆力」だ。
 私自身、書き手のはしくれとして、同業者の力量は、意外なほど簡単に把握できる。書き出しの冒頭の数行を読むだけでいい。たちまち筆力が分かる。
 筆力とは何か。ライターの総合力というしかない。たとえば、デスクとサブデスク格のふたりが、新しい外注ライターのテスト原稿のチェックを始めたとしよう。
 「そこそこ筆力あるな」「こなれた文章書いてますねえ」「採用や。あと頼むで」「分かりました」
 すぐれた書き手の原稿には、心地よい気配が漂う。デスクは忙しい。心地よい気配を感じ取ると、短いやりとりで採用を決め込む。筆力は「筆力がある」という誉め言葉でしか使わない。「筆力がない」とは言わない。
 「こなれた」文章も、独特の表現だろう。新球を受け取った投手が、しばらくてのひらでボールをこねて球をなじませる。あるいは棒高跳びの選手が、何度もポールを握り直してベストの感覚を体に呼び起こす。アスリートの感覚に近いかもしれない。
 取材や文献でかき集めた玉石混合、種々雑多の情報を、自分なりに咀嚼して、与えられた仕様の原稿に落とし込む。こなれた記事を書く力が筆力だ。
 以下、「まぶす」「うねる」「つらい受けの殺法」「合わせ技一本」「リード文の種類」などをテーマに書き進むつもりだ。

第115回「金メダルはうれしい」なら銀と銅の感触は?

 金、銀、銅のメダルを獲得した元スケート選手。それぞれの感触を問われて、こう話す。
 「金はうれしい、銀はくやしい、銅はほっとした」
 簡潔にして深い。近年の名言だろう。

第114回「俺の目を見ろ」無言の戦闘宣言

●たったひとりの選手の目力がチームの奮起を促す
 ラグビー日本代表経験のある元有力選手に引退後、取材したことがある。現役時代は派手さこそないものの、相手にとってしつこい嫌なタイプの第三列として鳴らした。
 タフな試合、後半の後半に入って負けている。疲れが激しい。もうあかん、逆転は無理や。味方を見渡すと、体はへばりながらも、目に力が残っている選手がいる。
 「やつの目を見ていると、こちらも行ける、やらなあかんと気合いがよみがえってくる」
 俺はまだ戦う。アイコンタクトというより、アイメッセージとでもいうべきか。たったひとりの目力がチーム全体を奮い起こすこともできる。ラグビーの、人間の不思議。