仕事の現場(1)/アガサ・クリスティほか文庫本、十一本口!

 大阪・四天王寺の青空古本市を冷かしてきました。境内に各店のテントが並ぶ関西最大規模の古本市です。
 どこぞに掘り出しもんが、埋もれておらんかいな。私と同年配のおやじたちが、目を皿のようにして古本の山と格闘しています。あさって五月一日まで開催されていますので、ご興味のある方はまち歩きを兼ねてのぞいてみてください。
  大阪市の広報誌「大阪人」で古本を特集した際、古本業者だけが参加できる入札会を取材することができました。メディアの取材を含めて原則非公開ですが、古書組合幹部の特別の計らいで取材が実現しました。お世話になった皆さんに改めて感謝いたします。
 店主たちは短く「市(いち)」と呼び、入札は「置き入札」方式。出品商品ごとに茶色の封筒が用意され、参加者が「買い」と判断したら、入札用紙に金額を書き込み、封筒に入れます。開札され、買い手が複数なら、最高値の業者が落札。出来高の数%を主催団体が歩金として受け取り、組合の運営資金などに充てられるという仕組みでした。開札が完了すると、発声係が落札情報をマイクで次々と読み上げていきます。
 ――『ワールドボクシング』百一冊、××円、A書店さん!
 ボクシング専門誌のバックナンバーが、百一冊で一括出品されています。
 ――アガサ・クリスティほか文庫本十一本口、××円、B書店さん!
 文庫本は四十冊で「一本」。十一本口とは、文庫本が四百四十冊でワンセットということです。四百冊以上の背表紙だけをざっとながめ、瞬時に値付けしないと、会場を回りきれません。慣れない新人は一冊も落札できないほど、目利き力が試されるそうです。一方、「市は戦場や。体がもたん」と、この日は参加を見送ったベテラン店主もいました。プロたる目利き力が試され、気力や体力も要求される過酷な仕事の現場です。
 現場で教わった専門用語をいくつかご披露しましょう。
 「派口を揃える」。特定のジャンル、テーマ、著者などでまとめることを指します。専門書店が買いやすいので高値がつきやすいとのことでした。「うぶネタ」。顧客から購入したままの状態を表現し、こちらもテーマや本の水準が一定しているため、評価が高いそうです。
 事前の取材で知り合った物静かな店主が、見違えるほど張り切っているのが印象的でした。この店主は若いころ、東京・神田の有力古書店で修業したとのことで、筋金入りの古本屋魂が熱く燃えたぎるという風情でした。参加者の中にはライバル同士もいて、お互い手の内は知り合っています。
 ――どうしても、この本は手に入れたい。あやつだけには渡したくない。
 思い入れのある一冊の本をめぐり、ライバルに心理戦を仕掛ける駆け引き話も、楽しく聞かせていただきました。詳しくは「大阪人/続・古本愛特集」(平成十八年九月号)でお読みください。大阪の古本屋を歩き回ると、雑誌のバックナンバーの山の中で見つかると思います。