ご神仏の仕事学(1)おみこし突入事件の真相

 取材余話は、取材記者ならではの余禄です。
 所定のテーマでつつがなく取材を終えて、そろそろ辞そうと、取材ノートをパタンと閉じる。腰を上げようとすると、「まあ待て、お茶を淹れ直すから」と引き留められる。こちらはひたすら恐縮するふりをしながらも、実はこっからがおもしろい。
 テーマがどこへどう転がるかわからないが、二度と聞けない話と出合える僥倖があるからだ。本日のお話も、そんなふうにして、とある古参宮司からうかがった余禄話。胸の内のみに秘めておくのはもったいないので、ブログに書き留めておくことにしました。
 村八分というのをご存じだろうが――と、老宮司が語り始めます。

 ある男がなんらかの事情で悪さをした。村にも迷惑をかけてしまう。村の代表たちが協議し、村のルールに従って、その男を村八分とすることを決定します。
 村八分は葬式などのごく限定された有事以外には、村との交流を一切遮断する重い罰則です。男は当初落ち込んでいたものの、過ちを悔い、やがて人が変わったように全力で働きだす。
 事件から半年、一年。男の田畑は多くはありませんが、男が丹精込めて手入れをしているため、村一番の美田になりました。しかし、村八分が継続していますので、稲刈りが近づいてきたというのに、だれも手伝ってやると名乗り上げてくれません。
 そんな秋のある晩、男の家の玄関口で、大きな音がしました。ガシャン! あわてて、男が飛び出すと、いつもは村の氏神様に祭られているおみこしが、男の家に突っ込んでいたのでした。
 夜が明けると、男はお社へ出向き、一部始終を包み隠さず、宮司に打ち明けました。すると、宮司は意外なことを男に告げます。
 ――あなたが黙々と努力している姿を、神様が村の衆になり代わって、ずっとご覧になっていました。ゆうべのおみこしは、神様が許された証拠です。
 ありがたい、ありがたい。男はいつもにもまして神様に厚くお参りして帰りました。
 一方、宮司はおみこし突入事件を、村の重役会議で緊急報告。重役たちも「神様が許されたのなら」と、全会一致で、男の村八分放免を決めました。まもなく男の美田に村の男衆、女衆が大挙して押しかけ、稲刈りを無事終えることができました。

 この物語にはどんな意味合いが込められているのでしょうか。
 村八分放免に関して、男が重役会議に呼び出され、あれこれ査問されることなく、恩着せがましい説諭を受けることなく決まりました。
 村八分の対象になったとしても、すべての村人は、みんな大切な村の構成員。ありていにいえば、ひとりでも欠けたら痛い、貴重な労働力です。だれにも、角が立たないかたちで社会に復帰させるため、しかも、その決定を権威づけるために、神様がおみこしを使ってひと肌脱いだわけです。
 村八分の処分を下した瞬間から、処分を終えるタイミングを計る機能が、水面下で村社会に働いていたことも、物語から伝わってきます。
 ――よし、そろそろいいだろう。
 おみこしの突入も、村の長老たちが若衆たちに命じて実行させたものでしょう。おみこし突入事件は、弾力的な運営で村のピンチを何度も救ってきた見事な文化装置といえましょう。