ご神仏の仕事学(7)文化九年の広告代理店

「海の神様」として知られる大阪・住吉大社。仕事文化にまつわるフォークロア的感受性をさまざまに刺激してくれる魅力的な神社です。とりわけ注目したいのが、灯篭です。境内を散策すると、次々と登場してくる立派な灯篭コレクションに目を奪われます。
 灯篭の土台部分に、献納者の情報が記されています。江戸時代、業界団体が商品を運ぶ水運の安全や商売繁盛を祈願するため献納することが多かったようです。「干鰯」「材木」「小間物」「古銅古道具」「呉服古着」「藍玉」「木綿」「和紙」「菜種絞油」。商品や業種はバラエティに富んでいます。
 地域も大坂近辺だけではありません。和州(和歌山)、予州(愛媛)、阿州(徳島)、濃州(岐阜)、羽州(山形)、南部松前(北東北北海道)などの地域名が確認できます。「北國積木綿屋中」とあるのは、北前船で木綿を運んでいた商人たちでしょうか。商都・大坂が全国的な商圏ネットワークを構築したことが、改めて実感として伝わってきます。点在する灯篭を丹念に調べることで、埋もれかけた歴史に新たな灯をともす、「住吉灯篭学」が成立すると思います。
 こうした全国に点在する多様な業種の商人たちと、住吉大社の間を取り持つ仲介者がいました。あまり目立たない程度に、「取次(執次)」として、氏名が明記されている灯篭があります。取次はクライアントとメディアを結ぶ広告代理店の役割をはたしていました。
 住吉大社は初詣がにぎわうなど、大坂を代表する神社。参詣する人たちは境内を歩きながら、「今度の××組合の灯篭は豪勢やな」「新商品が売れてもうかってるだけに、太っ腹やがな」などとうわさし合うなど、広告効果も高かったと思われます。
 ある灯篭は文化九年(1812)四月朔日(一日)建立とあります。この年は高田屋嘉兵衛がロシア船にとらえられるなど、商人たちにも幕末の荒波が押し寄せ始めたころです。情報が開示されない中、漏れ伝わってくるそこはかとなき不安を胸に、それでも航海の安全や日々平安を願いながら、仕事に精を出す人たちがたくさんいたことでしょう。灯篭は今もなお、人々の切なる思いを照らし続けています。