ストレス解消法(2)スナックママのうなづきカウンセリング

 「亜矢」「再会」「シルクロード」。
 思い思いの店名のネオンを、集魚灯のようにともして、仕事から解放された男たちを待ちかまえる路地裏のスナック。昭和の仕事文化の考察に欠かせない不思議な空間でした。
 カウンターだけの小さなスナック。いつもはママひとり。ときおり世の中の景気が良くて、店も忙しくなると、近所のOLがアルバイトで手伝う。男たちはなんの変哲もないスナックに通い続けました。
 そのわけはママさんのうなずきカウンセリング。臨床心理の知識があるわけではない。的を得た助言をするわけでもありません。ひたすら男たちの愚痴に耳を傾ける。カウンセリングの基本、「傾聴」です。そして、ときおり、うなずいてやる。
 ――あっ、そお。
 ――ふーん。
 ――たいへんだったわね。
 ママがうなづきながら、何パターンかのあいづちを繰り返しているうちに、男たちは勝手にいやされていく。大半のストレスは水割りとともに飲み干してしまう。で、愚痴るのに疲れると、
 ――まあな、悪いことばっかじゃない。来週から出直しだ。
 と、最後には勝手に自分を激励して、「じゃあな」と家路につく。ボトルキープは診察券。名前を書き込んだボトルはカルテも兼ねていました。
 昭和から平成になって、はや四半世紀。スナックは数を減らしつつ、辛くも命脈を保っていますが、カウンセリング能力はめっきり薄れてしまいました。理由はカラオケではないでしょうか。
 ママさんがカラオケのMC(司会進行)になってしまいました。カラオケ操作に追われ、伝家の宝刀、うなづきカウンセリングを披露する見せ場がありません。
 好きな歌をカラオケで存分に歌い上げる。それもストレスコーピングとして有効でしょう。しかし、ママのうなづきカウンセリングには、かなわない。
 カラオケとママのうなづき、どこが違うのか。ママが生身の人間だから――も、答えのひとつではないでしょうか。考えてみれば、昭和の仕事文化そのものが、生身の人間たちに支えられていました。