ストレス解消法(4)忍法・ストレス封じ

●ピンストライプの忍者
 二十ページほどのまとまった取材と原稿作成に追われていました。ようやく一段落したと思ったら、当ブログは一か月以上もごぶさたしてしまいました。馬齢を重ねると、光陰矢のごとし。わが身の至らなさに落ち込んでいますが、ここは懲りずに気持ちを入れ替えて、何事もなかったかのように原隊へ復帰させていただきます。
 原稿書きの仕事に関連して、忍者を少し調べました。忍者は気になる存在ではあったんですが、渡世の義理で、調べなあかんごとが山ほどあります。優先順位が低かったので、ほとんど手付かずでしたが、まとめて本を借りてきて、ざざざーっと飛ばし読みしているうちに、ふと忍者が身近に感じられるようになりました。
 たとえば、印を結ぶ。忍者は敵に囲まれ、窮地に追い込まれると、印を結んで呪文を唱える。すると、あら不思議、白煙とともにどろんと、姿を消す――というシーンがドラマでおなじみですが、一連のなぞの行為は自己暗示だそうです。
 名付けて「九字護身法」。「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」の九文字を念じながら両手の指をからませて、次々と印を結んでいく。俺は強い、敵から見えなくなる、この場から消えていなくなると、自分を追い込み、自己暗示をかけていく。「無」になるという心境でしょうか。
 力士が四股(しこ)を踏み、塩をまきながら、徐々に精神を集中していくのと通じ合う。土俵上の作法は同じなのに、四股の踏み方や塩のまき方は、力士によって微妙に異なります。しかも、それぞれの力士は自分の流儀を崩そうとしません。イチロー選手がバッターボックスで、ユニフォームの肩先をつまむポーズを、若いころから毎打席繰り返しているのと似ています。自身が決めたルーチンワークをこなすことで、力を出しやすくするメンタルトレーニングです。つまりイチローは忍者です。

●「実戦に弱いボクを助けて」 
 「十字の秘術」。「天」の字を手のひらに書いて、呑み込んだり握ったりすると、強敵に対峙しても動じない。同様に「命」の字は、腐ったり、毒性のある食料を食べても中毒にならない――というように、十種類の文字ごとに十通りの違う効能が発揮されます。こちらはストレスコーピングです。実戦に弱いと、思い悩む忍者がいる。実力はあるはずなのに、敵の前に出てしまうと、みんな強敵に思えてしまい、いつもの実力を出せない。
 この手の人はどこにでもいます。ストレスの原因をストレッサーを言いますが、「強敵」というストレッサーに対しては、「天」を呑み込むというコーピングを実施し、ストレスを和らげようとしたわけです。しかし、現実は多分厳しかったはず。メンタルトレーニングもストレスコーピングも間に合わない。多くの忍者たちが闇の戦いに敗れて脱落していったことでしょう。
 こんなことを考えていると、忍者という人たちが、なにやらいじらしく感じてきました。忍者はストレスのかたまりだったのではないでしょうか。

●最後まであきらめない
 逃げのびるために、忍者は自然現象までを利用しました。水遁の術は水中に石を投げ込み、敵が水面に注意を奪われた瞬間、逆方向に逃げるものです。太陽を背にして立ち、敵がまぶしさに目がくらんですきに逃走するのが、日遁の術でした。
 こんなワザ、決まるわけがない。そう決めつけるのは、まだ早い。だめかもしれないが、わずかな勝機にかける。どんなにわずかであっても、勝機がある以上、果敢に攻め込む。
 たとえば、太陽に背にして立つ。敵がまぶしさに目がくらんだ瞬間、水中に石を投げ込む。ドボン! しまった、飛び込んだか!
  日遁の術と水遁の術を瞬時に組み合わせたら、どうなるだろうか。ひょっとしたら、この合わせ技で、数十秒ぐらいの時間を稼げるかもしれない。この数十秒は大きい。逃げながら、次の一手をひねり出せます。生還率はゼロから数パーセントへ高まるのではないでしょうか。
 最後の最後まであきらめない。敵をあざむけ。ジダバタせよ。忍者は七転八倒の悪あがきを良しとする職能集団でした。武士道と一線を画す。凡庸な武士たちからすると、異常なまでにあきらめない粘っこい姿勢が、「忍者」を不気味で超人的な存在にまつりあげたのかもしれません。
 勝つ方法、勝てなくても負けない方法、負けても生還する方法、できるだけ戦わずに済む方法。いろんな場面を設定して、細かい工夫やささやかな改善を、無数に積み重ねたはずです。各種ストレッサーと上手に向き合うストレスの達人だったでしょう。
 いじましくも最後まであきらめない。忍者から学んだこの夏の大きな収穫です。