しごと談義(1)中学生に教わりながら取材

●せみしぐれ存亡かけて白兵戦
 夏の甲子園、代表校がまもなく出そろい、本戦が始まります。
 大阪ではせみしぐれの降る中、中学生の準硬式野球大会が開かれます。準硬式は硬式と軟式の中間。通称「トップ」と呼ばれるボールを使った野球です。
 ボールを手にすると、けっこう硬い。戦後、全国的に盛んでしたが、「子どもには危ない」という風潮から徐々にすたれていき、「子どもたちにも本格的な野球を」という信念を貫く教員たちが多かった大阪で、いまも熱戦が展開されています。近藤和彦牛島和彦ら、少なからぬプロ野球選手が準硬式から育っています。
 私のいた夕刊紙が、中学校チームの大阪王者を決める夏の大会を後援していました。大会前の対戦チーム決定の抽選会から地区予選、日生球場での中央大会決勝まで、紙面で随時報道する役割を担っていました。
 当時わが夕刊紙は社の存亡をかけて、最後の戦いに挑んでいました。編集局の社会部、学芸部、経済部、運動部などの各部を統合して、「報道部」に一本化。少数精鋭に徹し、すべての記者がそれぞれの専門性を練磨しつつ、あらゆるテーマに担当分野を超えて機動的に攻め込んでいく方針で臨んでいました。というと、聞こえはいいのですが、敗戦前夜の旧日本軍のように、生き残った兵隊たちをかき集めただけの混成チームでした。
 急造取材班を見わたすと、私を含め運動部の専門記者は皆無。そのうえ、長く続いた戦国乱世の下剋上の末、ベテラン記者もいません。工務局に草野球で審判をやっている社員がいることを偶然知り、頼み込んでスコアブックの付け方をレクチュアしてもらいました。

●「おっちゃん、いまの二塁打ちゃうで」
 スコアブックをにわか勉強した直後、球場へ出動。けんかを売るような直射日光を避け、「ひんやり蒸し暑い」放送室へ。目の前にホームべースがある特等席です。主審の声もよく聞こえます。場内アナウンスをしている中学生の隣に座って、取材をしていました。中学生がときおり、わが方のスコアブックをのぞき――、
「おっちゃん、いまの二塁打ちゃうで。ワンヒットワンエラーや」
 お、そうかいな、すまんすまんと詫びながら、消しゴムでごしごしやって、あわてて書き直す。どっちが記者かわかりません。
 試合が終われば、談話取り。教員の監督に勝因、敗因を聞く。選手は勝つとヒーローインタビューで盛り上がる。負けると、ぐじゅぐじゅになって泣き崩れ、地べたにしおれてしまう。確か取材は地区担当制を敷いていたので、大会が深まると、一喜一憂する選手たちと接するうちに、自分の担当地区のチームに情が移っていく。
――あやつの落ちるカーブは中学生には打てん。
――いいや、××中学の四番なら場外へ持っていくで。
 中央大会が近づくと、記者同士、一杯やりながら、自分の担当地区代表校をひいきにし、有力選手を自慢し合ったものでした。
 せみしぐれを聞くと、あの日の狭い放送室を思い出します。ひと夏だけのつかの間のご縁でしたが、夏のスポーツはほんまにしんどい。選手諸君の奮闘はもとより、練習や大会の面倒をみる教員指導者たちの献身にも、頭が下がる思いでした。その後、わが夕刊紙は武運つたなく休刊に追い込まれ、野球大会の後援事業は他の新聞社へ移管されました。
 今年の夏、野外でがんばるすべての選手と働き手たちに、ご神仏のご加護がありますように――。