しごと談義(5)マー君の顔はなぜひんまがるのか

●歴史的快挙とはなたれ小僧
 開幕16連勝。田中将大選手の歴史的快挙に立ち会いたくて、昨夜はCS放送楽天の試合をリアルタイムで観ました。
 投げっぷりは予想通り、まったく危なげない。いつものように走者を背負ったときの顔がすごい。絶対に点をやらない。鼻の穴をおっ広げ、顔全体をひんまげて、にらみつける。「怒髪天を衝く」の構図です。
 何をにらみつけているのか。対峙する打者でしょうが、自分自身かもしれない。将大よ、逃げるな。気合を入れて、立ち向かっていけと――。
 まさに不動明王のごとき田中選手の憤怒の形相に接すると、私には野球とはまったく関係のない、もうひとつ、別の顔を思い浮かんできます。たしか土門拳のしごとだったと思いますが、終戦間もないころの子どもの写真です。はなたれ小僧が紙芝居をのぞきこんでいる。その薄汚れた少年の顔が、見事にひんまがっています。
 紙芝居の物語に、我を忘れて夢中になっている。紙芝居の最前列に陣取り、ハスに構えて首をかしげ、画面をにらみつけている。顔がひんまがるほど、感動しています。子どもは本当に感動すると、顔がひんまがるらしい。田中選手のひんまげ顔は、日本人が夢中のなるときの崇高な忘我の表情といえるのではないでしょうか。

●完封リレーの本当のすごさ
 ひもじさに耐えながら、紙芝居につかの間の愉楽を求めたはなたれ小僧たち。あの日の彼らのハングリー精神に通じるようなものが、平成のマー君にも息づいているようです。
 昨夜、マー君の後を受け持ったリリーフ投手たちは、歴史的一戦の重圧からか、ボール先行で制球が定まらない。しかし、塁に走者をたっぷりためながらも、なんとか零点におさえることができました。わずかな点差で逃げ切りを図るものの、終盤、リリーフが簡単に打ち込まれ、逆転負けを繰り返していた昨季までとはまったく違います。 
 この二イニング四投手の完封リレーに、今季の楽天の強さが象徴されているように思いました。マー君のハングリー精神がほかの投手たちにも乗り移りました。チーム初優勝へ拍車がかかります。試合後、インタビューに応じた星野監督の目は心なしか潤んでいるようにみえましたが、エースの大殊勲をたたえるほか、指揮官として、この日の完封リレー達成の意味合いも、心に刻んでのことだったでしょう。

●「模型の疲れは模型でとる」
 ハングリー精神とはなんでしょうか。昔から耳慣れた言葉ですが、働き手として、それぞれ自分なりに考えてみたいものです。
 コッペパン一個がごちそうだったはなたれ小僧と、年俸数億円のマー君のハングリー精神がおんなじとは考えにくい。そういえば、大富豪となった故スティーブ・ジョブズも、学生相手に「ハングリーであれ、愚か者であれ」の名スピーチを残しています。
 すごい人物は近くにもいるものです。食玩フィギュアの世界的企業海洋堂の本社は、わが家から自転車でいけるところにありますが、数年前、宮脇修一社長が専務時代に取材した際、もっとも印象深かったのは次の言葉です。
「模型の疲れは模型でとる」
 日中、どんなに模型ビジネスで疲れ果てようとも、しごとを切り上げたら、すぐに「マイ模型」を引っ張り出す。模型に向かっていると、疲れが吹き飛んでしまうそうです。現に宮脇さんのデスクの周囲には、つくりかけの模型がたくさん並んでいました。この人は、この会社はほんものだなと、一瞬で理会できた次第です。
 組織や強者が弱い立場の者にハングリーを強要することは大人げないものですが、寝食を忘れてでも夢中になれるものをもっている人は幸せではないでしょうか。とりわけ、マー君のようなクオリティの高い闘争心は、どんなセレクトショップでも手に入らない、最高のぜいたく品です。
 最近、顔がひんまがる思いをしたことがありますか。