しごと談義(9)内弁慶の饒舌家

●プレゼンべたの扇動家もどき
 「内弁慶の饒舌家」というやっかいな性格です。
 心を許す身近な相手には、しゃべり出したら止まらないほどの話好きなのに、大事な場所ではちゃんと話せない。声が上ずり、かすれて、震えてくる。最悪の場合、噛み噛みになって、しどろもどろになってしまう。取材記者としては致命的な欠陥といえます。なんども落ち込みながら、たいした改善もみられないまま、馬齢を重ねてしまいました。
 よって、プレゼンテーションという儀式が、大の苦手です。自己の考えの正当性を、理路整然と畳み掛け、相手の信頼を勝ち取るという難題に、成功した試しはありません。ときに有能な女子同業者が披露する、さりげなく自己の失敗談などで場を和ませながら、知らぬ間に相手をとりこにしてしまうプレゼンなど、もはや神技としか思えません。
 ところが、「内弁慶の饒舌家」と同様、これまた不思議なもので、プレゼンは苦手なのに、アジる、煽(あお)る、焚き付けるのは、まんざら嫌いではない。「プレゼンべたの扇動家もどき」という人間のクズみたいな一面がある……と、今書きながら気づいてがっくりきています。私が新聞記者だったころ、選挙取材にのめりこんだのも、左右新旧を問わず「アジる亡霊たち」の魔力に、とらわれてしまっていたからかもしれません。
 ということで、どうしてもプレゼンから逃げられない場合、理屈でいけない分、相手の情念に訴えようと暴発して相手に引かれてしまい、あえなく撃沈という負けパターンの繰り返しです。
 そんなわたしから見て、就活に追われる昨今の学生諸君に、同情を禁じえません。もっとも辛いだろうなと察するのは、自己アピールを強要されることです。
 面接の際、限られた時間内に過不足なく自己をアピールし、しかも他の学生より少しでも好印象を与えなければいけない。就活プログラムに基づき、繰り返しチェックを受けながらトレーニングを積むそうですので、頭越しには否定はしませんが、しんどい日々が続きますねとしか、声のかけようがありません。

●この年になっても自分が分からない
 就活生諸君が聞いたらびっくりするようなことを、今から打ち明けます。
 わたしはこの年になっても、「自分は何者なのか」分かりません。「君はどうしてフリーライターをやってるの?」と問われても、「さあて、なんででしょうかねえ」ととぼけるか、答える度に毎回答えが違うかもしれません。条件が日々変わるのに、答えがひとつしかない方がおかしい。
 この年になっても、いまだに自分は何者なのか、わからない。世界はどのような構造でできているか、見当もつかない。自分が何者なのか、世界はどんな構造なのかつかめていない人間に、どう行動すべきか、分かるわけがないじゃないですか、面接官! こんな人間に、そもそも自己アピールを求める方がおかしいですよ、人事部長! 
 あんたたちも似たり寄ったり、七転八倒。おんなじようなもんではおまへんかと、居直るしかない。

ゴジラ松井のやさしさ
 このほど引退した元大リーガー松井秀喜さんが母校の小学校を訪ねて、子どもたちと接するテレビ番組がありました。全体の構成はあまり覚えていませんが、印象的なシーンが忘れられません。授業の最後、室内練習場で、子どもたちが自分の夢を書き込んだボールを打つことになりました。あこがれの松井選手の指導の下、夢に向かってスイング――というようなノリです。
 「消防士になりたい」「ケーキ屋さんになりたい」
 自分の夢を書き込んだボールを、子どもたちが次々と打っていきます。そのつど、松井さんが「フム、きっとなれるよ、フム」と、首を振りながら激励する。
 やがて、自分の打順になったひとりの男の子がもじもじしながら、恥ずかしそうにつぶやきます。
 「なりたいものが、わかりません…」
 すると、松井さんは笑顔を浮かべてやさしく声をかけます。
 「わからなくていい。焦らなくていいよ、フムフム」
 男の子は少し安心したように照れ笑いを浮かべました。

●正直社員が会社のピンチを救う
 この一瞬に、人間松井の深さと大きさを感じました。
 はっきりした夢をもって突き進むことはまことに喜ばしいことだが、夢が分からないからと悩んだり焦ったりしなくていい。このままでいいと、松井は瞬時に判断し、その子にさりげなく救いの手を差し伸べることができました。ワールドシリーズMVPにふさわしい身体感覚です。
 成長してほしいが、このままでも大丈夫。夢を持ってほしいが、夢を強要しない。学校教育、職場教育の別を問わず、人づくりでもっとも大切なことではないでしょうか。
 この男の子に迷いが生じたら、「ほんとは違うけど、野球選手になりたいと書いとけば、いろいろいいことがあるかも」という展開になったかもしれませんが、さすがに松井の後輩。そんなあざといことはしなかった。「ほんとは違うけど、××と書いとけば」の展開が、全国の就活会場で続出しているような気がしてなりません。
 全国の面接官の皆さん。「夢は分かりませんが」と、正直に打ち明ける学生を採用するほどの度量をもってください。正直も個性のうち、会社の得難いコンテンツ。彼の正直ぶりが将来、御社のピンチを救ってくれるかもしれませんよ。
 次回は勇気が出る反プレゼン小説をご紹介します。