第65回/「しごと談議」(16)締め切り外しの悪夢

●悪夢の舞台は昭和の編集局
 私の悪夢にはふたつの定番があります。ひとつは学期末試験に落第して大学を卒業できなくなる悪夢。年に数回うなされる程度ですが、もうひとつの悪夢は、週に数回の頻度で襲来します。新聞原稿の締め切り直前になって、原稿書きが進まず悶絶している悪夢です。けさも手痛いのにやられました。
 新聞社の編集局に詰めて、朝の編集作業にかかわっていたのは前世紀末まで。もう十年以上も昔のことですが、いまだに朝の編集シーンが夢に出てきます。
 夕刊紙では当日編集する当日面は数ページだけです。夕刊紙の中でも小さな編集局では、一ページに記者ひとり。一面はA君、社会面、運動面はB君、C君という塩梅です。記者がひとりで出稿デスクを兼ねて原稿をまとめ、レイアウトを担当する整理記者に原稿を出していきます。
 一面はほとんどトップ記事一本で勝負。リード文が二十行、本文(本記)が百三十行もあれば、あとは写真と見出しでなんとか恰好がつきます。
 ネタを決め、トッパン見出し(いちばん大きく派手な見出し)の文言をひねり出すと、整理に連絡します。整理がその文言をそのまま使う場合があれば、もっとひねりを加えた見出しを考案することもあります。
 いずれにせよ、整理は早々と見出しの文言とデザインを決めて、製作部門に出稿してしまいます。そのころには使う写真や、「肩」と呼ばれる第二トップの記事もおおよそ決まってきますので、赤鉛筆や赤のサインペンでレイアウトのラフスケッチを始めます。
 ああ、言い忘れていました。私の「悪夢編集局」はいまだIT化の波が押し寄せていない、昭和末期から平成初期の編集局です。原稿もレイアウトも手書きしていたころの朝の編集局に私はいます。

●原稿が書けず孤立無援
 で、リード文を含めて百五十行前後を、一時間から一時間半で書き上げていく。まずリード文ができたら、整理へ手渡す。本文は四回ぐらいに分けて出していきます。三十行書けたら「本文1」として手渡し、また三十行になったら「本文2」で手渡しという具合です。整理も小分け原稿を受け取ったらざっと内容を確認し、行数をメモしてすばやく製作局へ。すぐに文選工の皆さんが活字を拾い始めます。すべて流れ作業です。
 ということは、原稿が出てこないと、すべての後工程がストップしてしまう。原稿が進まない。締め切り時刻がどんどん迫ってくる。それでも、時計以外の世界が凍り付いてしまったように、原稿がまったく書けない。輪転機が口を開けて待っています。しかも、だれも助けてくれません。あと数分で締め切りという最終局面になって、まだ百行も残っているというシーンがいつも展開されます。
 だれにもプロデュースを頼んでいないのに、このパニック映画が、少しだけ設定や配役を変えてシリーズ展開します。けさの悪夢では、まさに本文を三十行だけで出したところでフリーズ状態。怒りを押し殺した上司に「(原稿は)足りないですよね」と聞くと、「当たり前やろ」と冷たく言い放たれてしまいました。

●書かなくていい原稿を書く悪夢も
 一時間あまり何をやっていたかというと、一面の記事以外に、出さなくていいページの原稿も書いて出していたからです。忙しいときに余計なことをやってしまった。なんとアホなやっちゃと、またまた自分を責めるしかない。
 書かなくてもいい記事を書いている途中、おかしいなと気づく。あるいは新聞原稿に限らない事ですが、「こんな人間に取材はしてない。なんで書いてんだよ、俺は」とボウゼンとしている瞬間、目がさめることがよくあります。
 寝汗でびっしょり。最悪のめざめですが、とりあえず夢でよかったと、ほっとひと息するしかありません。調子がいいときは、夢の中で書いている架空の原稿の文字が読め、すらすらと読み上げることができます。決まって、原稿用紙に手書きで縦書きしています。腕を縦に動かすだけで、おもしろいように原稿がはかどる。しかし、そんな楽しい夢はごくまれで、大半は締め切り直前悶絶状態でめざめるばかりです。

●「オトン、寝言でわめいとったで」
 私は二日に一度は夢をみます。そのうちの八割までは仕事がらみの夢で、その大半は残念ながら締め切り外しの悪夢です。このブログを書いていて発見したことですが、正確に言えば、いつも締め切り外しが確定する寸前で目がさめる。ああやばいと頭を抱えるシーンで終わってくれるのが、せめてもの救いです。
 十数年前、息子が小学生のころ、「オトン、『原稿、早う出せ!』と、寝言でわめいとったで」と教えてくれました。デスクとしての「原稿催促夢」ですが、この手の催促する側の夢は見なくなりました。フリーになって部下がいなくなったからかもしれません。
 原稿を書く仕事が好きなのか嫌いなのか。向いてるのか向いていないのか。才能があるのかないのか。必要とされているのか、全くされていないのか。夢判断をしようとは思いませんので、皆目検討がつきませんが、今の仕事にしがみついていくしかないことだけは確かなようです。
 ビジネスパーソン諸賢は、どのような「仕事夢」をご覧になっているのでしょうか。