第72回「しごと談議」(18)若手大工集団の威風堂々

●ウィーン、バチンバチンバチン
 団地住まいのわが家で、バリフリー対応の改修工事が行われました。きのうはベテランの電気工事担当者が来訪。照明などのスイッチを、シニアでも操作しやすいデザイン、機能のものに、手際よく交換してくれました。トイレで動けなくなった場合を想定した緊急通報装置も、トイレ内の手に届く場所に付きました。
 きょうは朝から、若い大工集団がやってきました。リビングや廊下などの段差をなくし、風呂やトイレに手すりを設置する工事を担当します。
 敷居との段差をなくすため、リビングや廊下の床材の上に、新しい床材を敷き直して底上げします。ユニット状の細長い床材を、次から次と敷いていく。新しい床材はひとりでも運びやすく作業しやすいサイズに統一されています。画面奥の少し明るくなったところが、敷き終わったスペースです。
 大工さんが従来の床材に白い接着剤を大きな波模様で塗り、新しい床材を一枚ずつ上から押し付けて密着させます。そのうえでコンプレッサーにつながった電動工具を使い、圧縮酸素の圧力で細い釘を床材に打ち込んでいきます。
 この特殊な釘には頭部の出っ張りはありません。ふつうの釘は頭の部分が表面に残りますが、この釘は床材の中に丸ごと埋め込まれるため、床材の表面は平らで歩きやすく、美観も損ねません。釘はホッチキスの針のようにつながっており、工具はちょっと見、弾倉をパカっとはめこんだマシンガンのような雰囲気。画面左手に小さく写っています。大工さんに聞いたところ、「フィニッシュ・ネイル」というそうです。頼もしい相棒、『仕上げの爪』といったところでしょうか。
 ウィーン、バチンバチンバチン。コンプレッサーの作動音と釘の打ち込まれる音が、戦場ならぬ平和な現場に、心地よく響き渡ります。

●現場で培うブリコラージュ的発想
 活躍するのはメカばかりではありません。写真の大工さんが右手に持っているのが、肩幅ぐらいの長さの定規です。床材に当てると、ちゃんとすきまなく敷き詰められているかを、簡単にチェックできます。床材を定規で軽く押さえて釘を打ち込むと、反動で床材がゆがむこともありません。
 市販の製品ではなく、以前の現場で余った建材を使って手作りした特製定規とのことでした。建物を支える「建材」を、用途の違う「定規」として再利用する。人類学者クロード・レビィ=ストロースが提唱した「ブリコラージュ」という、自由で賢い生きる知恵です。日本の職人たちの創意工夫に満ちた仕事ぶりを、レビィ=ストロースは高く評価し、職人たちに敬意を払っていました。
 わが家の大工さんたちは無駄口を叩くことなく、黙々と仕事に打ち込み、順調に工事を終えて撤収していきました。団地は同じ間取りですので、ある程度役割分担を決めてこなすことができるのでしょうが、多くの働き手を取材した人間としては、過不足なくチームワークがとれている集団に見えました。

●武蔵いわく「兵法は大工道に通ず」
 明治大学教授で、自己啓発関連の独創的名著が多い齋藤孝さんの著著『結果を出す人の「やる気」の技術』(角川書店)を読んでいると、宮本武蔵の剣術理論が登場してきますが、着眼点がいかにも齋藤さんらしい。武蔵が『五輪書』で、兵法を大工仕事にたとえている下りに、「やるな、武蔵」と、齋藤小次郎が剣を抜いて立ち合います。まずは武蔵センセイ、どうぞ――。

 <果敢(はか)の行き、手ぎはよきといふ所、物毎(ものごと)をゆるさざる事、たいゆう知る事、気の大中小を知る事、いさみを付くるといふ事、かやうの事ども、統領の心持(こころもち)に有る事也。兵法の利かくのごとし>

 続いて斎藤センセイが現代文に訳すと、つぎの通り。
 <仕事の能率がよく、手際がよいということ、何事も気をゆるめないこと、大切なところを知ること、気力の上中下を見きわめること、勢いをつけるということ、無理を心得るということ。このようなことが、統領の心がけるべきことである。兵法の道理もまた、このようなものである>

 いま、統領には一般的に棟梁の字を当てはめます。兵法は大工仕事と似ており、すぐれた剣士は腕のいい職人たちを束ねる大工の棟梁に通じると、武蔵はまじめに考えていたようです。剣はカンナやトンカチ、ノコギリに通ずると。面白いですねえ。剣術理論がそのまま人間論、リーダー論まで貫いているわけです。
 バリアフリー工事は、私に刺激的な発見を与えてくれました。せいぜいぼけずにがんばろうと思います。