第73回「しごと談議」(19)締め切り外しの悪夢・続報

●『紅白歌合戦』四年連続の快挙
 第65回「しごと談議」(16)で「締め切り外しの悪夢」と題し、締め切りが迫っても原稿が書けない悪夢に、繰り返し繰り返しうなされる話を告白しました。プロの資格を根底から覆されかねない致命的な悪夢で、目が覚めても衝撃が残り、つらさやみじめさは本人にしかわからないかもしれません。どなたか同病相病むのご同輩はいらっしゃらないかと思っていましたら、見つけました、意外な人物を――。
 作詞家の阿木燿子さんです。夫はご存じミュージシャンの宇崎竜童さんですが、ふたりのおしどりぶりの理由を読み解く『なぜ宇崎竜童&阿木燿子はお互いに好きな事をしてもうまくいくのか』(久留間寛吉著・あっぷる出版社)で、阿木さんの悪夢に遭遇しました。
 阿木さんは宇崎さんと組んで、山口百恵に多くの楽曲を提供。彼女の一アイドルから歴史的歌姫への跳躍的バージョンアップに加担しました。
 どこがすごいか。山口百恵が昭和五十一年(一九七六)から引退するまでの四年間、NHKの『紅白歌合戦』で歌った楽曲は、すべて宇崎・阿木夫妻の作品でした。
 順に「横須賀ストーリー」「イミテイション・ゴールド」「ブレイバックPart2」「しなやかに歌って」。今なおタイトルからインパクトの強い歌詞やメロディが噴き出し、七〇年代の情景がフラッシュバックしてきます。阿木さんは、他にも『魅せられて』(ジュディ・オング)などの名曲も残しています。

●絶望のレコーディングブース。
 ふたりは明治大学の同級生。軽音楽のサークルで知り合い、まもなく恋に落ちます。阿木さんは苦労知らずのお嬢様タイプで、学生時代から作曲を手掛けていた宇崎さんを、「天才」と信じて疑わなかったとのことです。
 それほど楽天的な一面を持つものの、つねにヒットを要求されるプロの作詞家のプレッシャーは、並大抵ではありません。阿木さには次のように振り返ります。
「本当に書けないときは、ガタガタと震えていた。締め切り間際には、誰かが逮捕しにくるのでは、という恐怖感もあった」
 『逮捕』というミスマッチな妄想に、切迫度が伝わってきます。そして、悪夢の登場です。
「歌手やスタッフが集合しているレコーディングブースで、まだ詞が書き上がっていない自分が怒られる……」
 絶望のレコーディングブース。阿木さんの魂魄の激闘が、山口百恵の壮絶なまでのパフォーマンスを引き出したともいえましょう。