第83回「しごと談議」(28)「十分話し合ったから許可します」

●古文書貸し出しを巡り会議を数日間
 こんな意思決定の方法もあります――という話の続きです。
 きょうは私の敬愛する民俗学者の逸話ですが、ネタ本が出てこず、詳細を確かめられません。よって、むかしあるところで、ある学者が、とさせていただきます。
 ある学者がある集落へ調査に入った。興味深い古文書に出合ったので、長老に借り出したい(あるいは読ませてほしいだったか)と願い出ます。
 すると、村民の了承が必要なので、いまから寄り合いを開くという。島の集落だったため、中には小舟を漕いでやってくる村民もいました。
 集会所で行われた寄り合いは何日も続きます。主たる議題は「これまでに古文書を貸し出した前例があるか」を、問うものです。
 これだけを聞くと、「なんやお役所みたいな前例主義かいな、しょうもな」と関心を失う人も出てくるかもしれませんが、もう少しだけお付き合いを。村民たちは腹が減ると、思い思いに家に戻ってめしを食い、再び集会所に戻り、議論に加わります。

●小賢しく考えなくてもいいではないか
 疲れると、横になりながらの茶飲み談議に。なんともゆるい寄り合いです。議題が何だったか忘れたかのように、男たちは昔話に花を咲かせます。
 「あのときはこうだった」「いやいや、ほんとうは…」。ときおり、笑い声も弾けたかもしれません。
 で、結果は「お貸ししましょう」となりました。前例を見つけるよりも、村民たちがみな集まって十分議論することの方が、優先項目だったようです。
 不思議な充実感を与える逸話だと思います。「調査をしに来た人というマレビトを村民全員で受け入れもてなす」「議論の場と時間を共有することで異論の出る余地を残さない」など、いろいろな解釈ができるかと思います。
 小賢しく考えたり決めることよりも、集まって話すことが大事であるというのは、一種、爽快なほど私たちの知っている民主主義とは違う民主主義ではないでしょうか。次回は日本を離れ、はるか南の国の酋長さんの話になります。