第90回「しごと談義」(35)創業1200年のパン屋さん

●「新しくなくて悪かったな力」
 雑用をしながら見たBSの旅番組。タレントが鉄道で世界各地を散策する。確かオーストリアで、モーツァルトゆかりの地方都市。パン屋さんの創業は1200年前。今も自前の水車で製粉し、300年前の窯をパンを焼いているという。
 近くにある鉄工所も古い。鍛冶屋といっていいだろう。300年前からご近所の店の看板を作り続けている。店主はマイスターと呼ばれ、ふたりの弟子がいる。徒弟制度も昔のまんまだという。
 タレントは「へえ」「へえ」と驚いて見せながら、それ以上深入りすることはない。鍛冶屋に「うちで働かないか」などと、いかにもありそうな外交辞令的ジョークが出たところで、番組はおしまいへ向かう。
 この職人たちの「変わらない力」がすごい。「進化など知らないよととぼけ力」が、ものすごい。
 しかも、パン屋も鍛冶屋も、いい顔している。高飛車な老舗老舗していない。パン屋は「食ってみろ」と、気軽にパンを差し出す。鍛冶屋は「おまえも削ってみろ」とヤスリを手渡す。「ただの職人でどこが悪い」「ただ古いだけだ。老舗なんぞと呼ばせない」という「新しくなくて悪かったな力」が、いちばんすごい。