第105回いかつい鬼班長の意外な質問とは?

●精一杯の作り笑いを浮かべて「あんた学生さんだろ?」
 アルバイト先の町工場で鬼班長に出会った。鬼瓦かブルドックのような容貌のベテラン旋盤工だった。旋盤はむずかしい。削る部品を旋盤にギュッと締め付けてセットするだけで、非力な筆者は腕が痛くなってしまう。
 思うように削れない筆者に対し、鬼班長は「しょうがねえなあ、ったく」という体で、最低限の指示を出すだけ。口下手なのだろう。筆者もしゃべらないまま、気まずい何日かが過ぎていた。
 ある日の昼休み。夏の甲子園のテレビ中継で狭い社員食堂が盛り上がっていた。筆者を見つけた鬼班長は何を思ったのか、自販機で買ったカップコーヒーを差し出してきた。何か怒られることをしただろうかと緊張したが、鬼班長は精一杯の作り笑いを浮かべて、切り出した。
「あんた学生さんだろ?」「あ、はい」
「どれぐらいかかるもんなんだろうね。大学に通うには」「授業料ですか」「バカ息子がさ、大学へ行きたいなんて言い出すもんだから」
 筆者はお金はあまりかからないという趣旨でいろいろ伝え、「大丈夫です、息子さん大学へ入れますよ」と励ました。鬼班長も安心したのか「ありがとよ」と満足げだった。
 以来、筆者と鬼班長は少し良い関係になった。鬼班長が大事な製品の加工を間違い、取引先に謝ることになった時、出来の悪い筆者もわがごとのように心配した。「なんとか誤差の範囲内ということで許してもらったよ」。鬼班長のほっとした表情が忘れられない。なんせ、息子の授業料がかかっている。
 あの夏の主役は作新学院江川卓だった。