第110回「採用するなら旧帝大生だけ」

●親父からの呼び出し電話
 夜7時を過ぎていただろうか。アパートに隣接する大家さんが「電話ですよ」と声をかけてくれた。
 故郷の親父からだった。
「やっぱり今年はだめらしい。少しは採るらしいが、旧帝大生だけと言われた」
 声が低い。親父は機械メーカーに勤めていた。昭和50年秋、筆者は就活をしていた。第2次石油ショックのあおりで、就職戦線は氷河期を迎えていた。上場企業の3分の1が採用停止か採用人数の大幅抑制というありさま。広告業界では電通が採らないので、東大生を筆頭に、みんな二番手の博報堂へ流れた。冷やかしに出掛けた博報堂会社説明会は超満員だった。
 親父の勤める会社も表向きは採用中止。しかし、「わずかに幹部候補生は採用するらしい」。内部情報をもとに、親父はその筋に息子の就職を依頼したらしい。だめもとだったろうが、返事は無残だった。
 「旧帝大生だけ」。叩き上げの親父に、はたして意味が変わったのだろうか。電話口で「申し訳ない」を繰り返す。少し酔っているようだった。
 申し訳ないのは、あなたではない。旧帝大生ではないバカ息子だった。長男の帰郷を願っていた親父はつらいだろうなと感じつつ、バカ息子は「いなかへ帰らない言い訳ができた」と親不孝なことを考えていた。