しごと談義(13)監督のサインは「何とかせい!」

●ふたりの御大の共通項とは
 星野楽天監督、西本幸雄氏つながりで、しばらくは職業としての監督論にふれてみようと思います。
 私の母校明治大学には、かつてふたりの名物監督が存在していました。星野監督も指導を仰いだ島岡吉郎野球部監督と、北島忠治ラグビー部監督です。ともに長らく監督を務め、「御大」の愛称で呼ばれたほか、ふたりには共通点があります。
 ひとつはどちらも旧制中学時代から暴れん坊で、放校処分などで学校を転々としながら明大にたどり着いたこと。北島青年などは神楽坂に住んでいたので、「坂の忠治」などという異名を持っていたそうですから、それだけで一篇の青春映画が作れそうです。もうひとつはふたりとも監督まで上り詰めながら、スポーツひと筋人間ではなかったことです。
 学生時代の島岡御大は応援団長。よもやの応援する方から応援される方へ、しかも団長から監督への大変身。にわかに信じられない展開です。ありていにいえば、野球の素人が、気合を買われて監督になった。確か練習用のノックができなかったと思います。
 野球を知らないから、的確な指示が出せない。ピンチやチャンスになったとき、選手たちを叱咤する口癖が「何とかせい!」。唯一の指示が「何とかせい!」、選手たちも「はい!」。寓話の世界のような展開です。選手たちは自然と試合の流れを読み、自分たちで打開策を探し出すようになっていきます。

●涙なみだの優勝握手会
 「闘将」とも言われただけに、燃え上がると止まらない。私が神宮球場で観戦していた試合で、島岡御大は審判のジャッジが気に食わない。ベンチを飛び出し、守備についている選手たちに、何度も腕を振って、ベンチに戻ってこいと指示を出す。へたをすれば放棄試合です。騒然とする中、審判に喰ってかかる御大を後ろからはがいじめするように、「まあまあまあ」となだめたのが、選手たちの方でした。
 選手たちには怖い存在だったでしょうが、ほとんどサイコロ型体型の巨漢ぶりが愛嬌に満ちていました。いまでいう「ゆるキャラ」的な魅力を全身から放ち、学生たちには大人気でした。
 晴れて優勝を飾ると、神宮球場から御茶ノ水の本校まで、優勝パレードが行われます。本校に到着すると島岡御大が学生たちに優勝報告。そのあと、アイドルみたいに握手会です。選手ではありません。北島御大の握手会です。学生たちが一列にならんで、御大に握手をせがむ。もはや御大は感情を制御できない。握手会の間中、御大はうれしくてうれしくて、ずっと鼻水をたらして泣きっぱなしでした。人間、こんなに長い間、泣き続けることができるのかと驚いたほどです。私も握手をしてもらいましたが、御大の手がつきたてのもちのように、丸々として柔らかかったのを覚えています。

●監督のそばにいるだけで幸せ
 島岡野球のキーワードは「人間力」。これも「何とかせい!」同様、よくわからない、何とでも解釈できそうな言葉ですが、人の心を包み込むような底力を感じます。就職シーズンに突入すると、レギュラーを取れなかった選手たちの売り込みのため、企業に頭を下げて回ったそうです。
 数年前、明大野球部出身の大阪の中小企業経営者に取材したことがあります。彼は強豪校とはいえない公立高校で野球に打ち込んでいた時、テレビで島岡御大のドキュメンタリー番組を観て、「この監督の下で野球をしたい」と決意。在学中、レギュラーになることはできませんでしたが、後悔はありません。
「島岡監督のそばにいるだけで幸せでしたから」
 そばにいるだけで人を幸せにできる。こんな上司や経営者に出会ったことはありますか。もうひとり北島御大も書くと長くなりそうですので、あとは次回のお楽しみに――。